2025年10月29日水曜日
2025年10月20日月曜日
秋になりました
10月になってしまいました。
13日(月)娘が通う事業所では「マロニエ祭」が開催され、久々の大型開催に、利用者さんも楽しんでいました。藤沢市のマスコット「ふじキュン」も応援に来て、盛り上げてくれました。素知らぬ顔の娘の表情に笑いました。
2025年9月13日土曜日
料理の腕
昨日は息子の誕生日。もう、誕生日に母からのお祝いの電話は来ない。
写真は生後7か月ころ?
母が最後にお世話になったホームへ姪があいさつに行ったら、スタッフの方が教えてくださったのは、「きゅうりを切るのが上手で、ホームのおじいちゃんたちが見惚れていました」と言われたそうです。母は料理が上手と孫たちからいつもほめられていたけど、キュウリを切る腕前をほめられたのは、きっと初めてだったに違いない。このごろ、キュウリを切るたびに思い出しては、ちょっと笑ってしまう。
2025年9月8日月曜日
台風一過
5日(金)は朝から台風のニュース。お昼頃には強めの雨がふったりしたが、娘が帰宅するころには小ぶりになった。静岡あたりで竜巻の被害が出たりしていた。このニュースを見て、中学生の頃、お盆に母方の祖父母の家に、兄弟3人で両親より一足早く遊びに行っているとき、台風がきて、運悪く祖父母の家のあたりを竜巻のような突風が吹いて屋根に穴があいて、怖い思いをしたことを思い出した。その被害でわらぶき屋根の家は建て替えられ、以後台風の被害には合わず、今も叔母が住んでいる。そういえば、母と最後に電話で話したのが、あの台風の話をして笑った。土曜日は、」朝から晴天。やっと少し涼しい朝だった。猛暑が続き、建物も土も熱がこもったままの状態から、やっと少し冷やされたのかも。夜にはきれいな満月が見えた。
2025年9月3日水曜日
記録的猛暑
今年は記録更新の猛暑。9月になってもへたばる暑さ。春に植えたトマトやミニトマトは途中まで順調だったが、今までになく、収穫量は少なかった。
7月ころ、母に電話で「スイカはピンポン玉くらいになってから、何日くらいで収穫できるんだっけ?」と聞いた時、40日すると大丈夫と、昔、金田のばあちゃんから教わったよ。という返事が返ってきた。あの時、聞いてよかった。
2025年8月30日土曜日
「共生」の原点
今日も暑い。我が家の夏の定番料理の一つは「凍鶏」鶏肉や野菜を寒天で冷やし固めた前菜。かぼちゃのコールドポタージュも家族に好まれている。
亡くなった母の手料理は弟の子どもたち(孫)と、またその子供たち(ひ孫)に好まれていて、ばーばのレシピや味が引き継がれているようだ。姪が昨日、エピソードを添えて写真や動画を送ってくれ、うれしかった。ひ孫の一人は、「とんかつ」はあばのが一番すきだから、僕にも作り方を教えて!と、懇願され一緒に嬉しそうに教えている母の写真や、まるで保育園の園長先生のように、ひ孫たちに取り囲まれて喜んでいる顔。どれも幸せそうに笑っていた。
2025年8月27日水曜日
ギブアップする暑さ
今年も我が家の北側の庭に「サルトリイバラ」の葉っぱが生えている。子供のとき、母方の祖母たちはこの葉っぱを近くの山に取りに行き、お盆の仏様にお供えする「饅頭」を作っていた。もちろん、私たちも出来上がったほかほかの饅頭をいただいた。10年くらい前に長崎の母に話すと、「それは良かね、わざわざ取りに行く手間が省ける」と、うらやましそうに笑った。
今日で連続10日、東京は猛暑日らしい。神奈川だってたいして変わらない暑さにぐったり。先週、20日(水)の夜遅く、携帯電話の着信音にびっくり。間違い電話かと思ったら、弟からの電話。母の訃報でした。14日の昼間に電話で話したときは、いつもより元気なくらいで安心していたのに、20日の昼間に発熱し、かかりつけの病院で診察を受け、点滴後にこのまま入院しましょうか?と診察した医師に聞かれたとき、「大丈夫です 」と答え、翌日に再度、外来受診のはずだったが、そばにあるグループホームに戻り、消灯後に具合が悪化し、総合病院に救急搬送され心臓マッサージなどの処置の甲斐なく永眠。私は障害の重い娘を預けることもできず、息子が一人告別式に参列してくれた。昨年の5月に食欲がなく具合が悪いというので、多良見にあるG病院に入院し、介護認定を受けると92歳の母は「要支援2」ということで、介護施設ではなく7月末に同じ市内にあるケアハウスに入居した。同じ施設に入居されている方たちとも、仲良くなり運動やレクレーションなどにも参加。お茶のみ友達もできて、孫たちも頻繁に会いに行けてよかったと思っていたら、今年の3月19日の夕方、エレベーターを降りたところで転倒。大腿骨骨折でオペ入院。4月中旬にリハビリのため、G病院に転院し、5月末には車いすで、G病院の系列のグループホーム「けあの杜」に入居。弟家族や親類が面会したりして、少しずつ元気をとりもどしていたのに・・・
今日で連続10日、東京は猛暑日らしい。神奈川だってたいして変わらない暑さにぐったり。先週、20日(水)の夜遅く、携帯電話の着信音にびっくり。間違い電話かと思ったら、弟からの電話。母の訃報でした。14日の昼間に電話で話したときは、いつもより元気なくらいで安心していたのに、20日の昼間に発熱し、かかりつけの病院で診察を受け、点滴後にこのまま入院しましょうか?と診察した医師に聞かれたとき、「大丈夫です 」と答え、翌日に再度、外来受診のはずだったが、そばにあるグループホームに戻り、消灯後に具合が悪化し、総合病院に救急搬送され心臓マッサージなどの処置の甲斐なく永眠。私は障害の重い娘を預けることもできず、息子が一人告別式に参列してくれた。昨年の5月に食欲がなく具合が悪いというので、多良見にあるG病院に入院し、介護認定を受けると92歳の母は「要支援2」ということで、介護施設ではなく7月末に同じ市内にあるケアハウスに入居した。同じ施設に入居されている方たちとも、仲良くなり運動やレクレーションなどにも参加。お茶のみ友達もできて、孫たちも頻繁に会いに行けてよかったと思っていたら、今年の3月19日の夕方、エレベーターを降りたところで転倒。大腿骨骨折でオペ入院。4月中旬にリハビリのため、G病院に転院し、5月末には車いすで、G病院の系列のグループホーム「けあの杜」に入居。弟家族や親類が面会したりして、少しずつ元気をとりもどしていたのに・・・
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